コッチの世界 アッチの世界
PET検査から、2週間
主治医の診察日も、猛暑だった
病院は、なぜあんなに東南アジア並みに冷房サービスが良いんだろう
いつもの待合ホールの椅子に座わり、5分もすると全身にかいた汗もすーっとひく
1~2時間おとなしく待っていると、ひやーっとトリハダが立ってくる
受付は予約時間までに済ませなくてはならないが、その時間に呼ばれることはまずない
中待合に呼ばれる電光案内表示を気にしながら、おトイレへ1、2度は立つハメになる
ママ吉がおトイレから戻ったタイミングで、ママ吉の番号「1565」が表示された
「ぴょこちゃん、診察はママひとりでダイジョウブだよ
たぶん、なんともないからホールで待ってて」
え!ここまできたのに?と思ったが、本人の意向に従った
気持を落ち着かせるため、カバンから梅ソーメンを数本つまみ、今までを軽くハンスウする
持参した炊き込みご飯のおにぎりをどこで食べるかまで考えが及んだ頃、中待合のママ吉がささやき声でいった
「次だけど、やっぱり来る?」
*
ママ吉と診察室に入る
ぴょこが主治医と会うのは、初発入院の時以来だろうか?
主治医が髪を染めた、影が薄くなった、病院広報(?)の写真は若く写っている
ママ吉から、受診のたびに報告を受けていたので9年のギャップは感じず
主治医の表情は特に深刻ではなく、ママ吉のいった通りダイジョウブかなと思った
「えーっと、ママ吉さん9年目ですよね、検査をして・・・と
はいはい、PET検査の結果ここにきてます」
パソコンのデータをドラッグして、大きなディスプレイに貼り付け、主治医は視線を左右に動かした
理科室の壁に貼ってありそうなヒト型の、なにやらカラフルな画像
「・・・ママ吉さん、転移しているようです」
床に目をやると、120°の視界にママ吉の足元が見えた
指先に力が入り、スカートに手がくいこんでいた
画像の上に検査報告のファイルが開き、主治医が言った
「えー?これ、本当にママ吉さんかな?
ちょっと、生年月日、名前、確認してもらえますか?」
ママ吉、ぴょこの4つの目で見た👀👀
間違いはなかった(泣)
「・・・来年で、10年だったのにね
多発性の骨転移・リンパ節転移・肺転移・肝転移です」
え?
転移って、いっぺんにくるの?
まず、骨とかリンパとかそこに来て、じわじわ数が増えるんじゃないの?
「先生、去年まで再発所見が全くなくて、いきなりこんなに進むもんなんですか?」
「進むときは、6か月でも進行します」
「こうなると、ステージいくつですか?」
「遠隔転移したら、ステージ4になります」
「余命・・・、どのくらい生きられそうですか?
家族も、ライフプランをいろいろ考えなくてはいけないので」
「そうですよね・・・でも、余命っていうのは今、なんとも言えません
リンパや骨転移は、それだけでは生命を脅かさないのですが、
肺や肝臓の主要臓器転移はちょっと気を付けなくてはなりません」
ドラマでよくある「末期がんです」「おかーさーん!いやーーー」大号泣!!!
あんなん、なるかいな?
ショックが大きいほど、ジブンを落ち着けようとする作用が働くのか、普段より低い声、ゆっくりした話し方にムイシキになった・・・
泣いてなんかいられぬ、いろいろ聞きたいコトあるのでな
ママ吉は、もう覚悟を決めたのか、あきらめたのか、言葉少なだった
「がん治療が専門の腫瘍内科医のコンサルうけますか?」
ママ吉がはっきり返事した
「いえ、今までずっと診て頂いた、先生にお願いしたいです」
*
「今後の治療はどうなりますか?」
「全身にがんが広がっているので、初発のような根治を目指す治療ではないんです
延命・緩和ケアになります」
がーーーーーん!
もう、愛するママ吉は医療から見放された患者なのか?(泣)
「肺や肝臓にがんがあっても、乳がんの転移なので乳がんと同じ治療をします
ママ吉さんはホルモン感受性が陽性なので、フェソロデックスっていうホルモン治療薬が効くと考えられます
あと、骨転移にはランマークという薬があります
これらが効かないと、厳しくなってきます」
うわーん、いや、ぴょこ落ち着け!落ち着くんだ!
「フェソロデックスは、5年目まで服薬したアリミデックスより強いんですか?」
「強いです 服薬ではなくて、臀部の筋肉注射になります」
それぞれのパンフレットを見ながら、注射計画・副作用等の説明を受けた
「いつから始めます?今日でも、考えてからでも」
「ムスメとしては、進むのがはやいなら、早めに手を打ちたい希望です
ママ吉はどう?」
「今日から、お願いします!」
*
注射キライのママ吉が、ひとり隣の処置室へ・・・
待合ホールで、残りの家族へどう報告しようか悩むぴょこ
「・・・さんのご家族の方~」(ぴょこ、気づかず汗)
「ママ吉さんのご家族の方~!」
え~!はいはい、ここです!
処置室にいくと、診察ベッドにうつむいてちょこんと座っていた
「ムスメさんがいるほうが安心するかなと思って」
ママ吉は若かりし頃遭った、ペニシリンショックのトラウマがある
担当してくださった中堅の看護婦さんは、とても親切で思いやりもある方だった
母の不安な言葉にもきちんと解答してくださり、母のココロもほぐれてきた
左腕にランマーク
診察台にうつぶせに寝て、左右臀部上部へフェソロデックス
「無事に終わりましたよ」
*
お会計待ちでママ吉は、待合ホール隅の椅子に座りたがった
「もう、いやだ
みんなに迷惑かけて
お金もたくさんかかって
痛いのもいやだ
治りはしないのに」
目がまっかになって、ナミダがにじんでいた
*
✿診察前
乳がんサバイバー9年目 自分のペースでゆっくり生きている
✿診察後
乳がんステージ4=末期なのか? 死刑判決出た気分
ドア1枚でこんなに未来の景色が変わっちゃうなんて!
診察番号「1565」って
イコウ ムコウ(逝こう向こう)なんじゃない?塩パッパ
もう、未来なんてなんにもみえないサ・・・